サーフィンの発祥の地、起源は?いつからスポーツになったのか歴史を紐解く、また最後に日本におけるサーフィンについても触れる

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サーフィンとは、国内外問わず多くの愛好家から親しまれている有名なマリンスポーツです。ここでは日本国内におけるサーフィンの発祥はどこなのか、また、人類で初めてサーフィンをおこなったのはいつ頃なのかを探り、同時にサーフボードの進化や技術革新についても迫ります。

サーフィンの発祥の地はハワイやタヒチ?

サーフィンは、日本でも大いに普及している人気のマリンスポーツです。夏になると、各地のサーファー達はサーフボードを抱えて海へと飛び出します。

日本におけるサーフィンの歴史は浅いです。1960年頃に駐留アメリカ人が湘南や千葉でサーフィンをおこない、それを見ていた少年たちが真似をしたことが日本国内におけるサーフィンの発祥といわれています。

サーフィンが日本にやってくる前の、発祥の地とはどこなのでしょうか。今のところサーフィンがいつ始まったのかはっきりとは解明されていませんが、少なくとも西暦400年頃にはサーフィンの原型と思わしきものが存在していたようです。

ハワイやタヒチに住んでいた古代ポリネシア人は、木製の板を使い波に乗る技術を覚えました。そしていつしかサーフィンと呼ばれるようになり、いくつもの時代を超えて、現代でも愛されるマリンスポーツへと進化を遂げました。サーフィンは、古代ポリネシア民族の儀式や伝説にも登場します。

当時のタヒチでは、酋長などの地位の高い人が木製のサーフボードに乗って波乗りを楽しんでいたといわれています。タヒチとは、ソシエテ諸島にある島です。地図で見ると大小ふたつの島が連なったひょうたんのような形をしており、画家ゴーギャンが晩年に移り住んだ島としても有名です。

そのタヒチはサーフィンの聖地と呼ばれています。年間平均気温は27℃前後で暖かく、ひとたび海に出るとサーファーとしてはパーフェクトといえる波が常に押し寄せてきます。そのタヒチに住んでいたポリネシア人がハワイにも移り住み、サーフィンの文化を広めたのではないかといわれています。

現在のサーフィンの形となっている近代サーフィン

1797年になると、サーフィンの聖地でありサーファー達の楽園でもあるタヒチ島に、キリスト教の宣教師たちがやってくるようになります。
宣教師たちは、布教の妨害になるとしてサーフィンを禁止してしまいます。それを復活させたのが、デューク・カハナモク です。

デューク・カハナモクはハワイ出身の伝説的な水泳選手であり、サーファーでもあります。卓越した水泳の技術を持つ彼は、1912年におこなわれたストックホルムオリンピックで、アメリカの代表選手として100m自由形に臨み、世界新記録を樹立して圧倒的な優勝を果たしました。
その後も次々と金字塔を打ち立てて、17年ものあいだ王座へと君臨し続けたデューク・カハナモクは、水泳以外にもサーファーとして精力的な活動をおこない、サーフィンの普及に力を注いでいったのです。

1915年、オーストラリアのシドニー近郊にある美しいビーチ「フレッシュウォーター」でおこなわれたエキシビジョンで、デューク・カハナモクは華麗なサーフテクニックを披露しました。そして、現地の人々にアロハの精神とサーフィンを伝えたのです。それがオーストラリアにおけるサーフィンとビーチカルチャーの発祥になったともいわれています。

この他にも彼は、カリフォルニア州ハンティントンビーチでU.S.サーフィンチャンピオンシップを5度も統轄し、サーフィンの発展や普及に大きく寄与しました。ハンティントンビーチは、今や「サーフシティ」を名乗り、世界的にも名高いサーフィンの街となっています。

デューク・カハナモクの活躍や人気の高騰も相まってブームが巻き起こり、彼が精力的に普及をすすめていたサーフィンはついに近代へと復活を果たしたのです。

サーフボードの発達、技術革新

デューク・カハナモクによる普及活動の甲斐もあって、サーフィンは世界各地で急速に発展を遂げます。世界各地の水泳大会に招待されるようになったデューク・カハナモクは、チャンスがあれば現地でサーフィンを披露し、精力的な普及活動を続けました。

その成果もあって、ハワイやカリフォルニア、オーストラリアでは数多くのサーフィンクラブが誕生することとなったのです。

そしてサーフボードも、熱心なサーファーやシェイパー達によって試行錯誤が繰り返されて進化を遂げました。第2次世界大戦後には、現代でも未だに主流となるグラスファイバーやウレタンフォーム素材のサーフボードが誕生しています。

サーフボードの技術革新に伴って、サーファー達のライディングテクニックも高度なものへと進化していきます。サーフィンのスタイルそのものが多様化した結果、サーフボードにセールを取り付けたボードセイリングや、ボードの上に腹這いになって波に乗るボディボードなど、さまざまな種類の競技が誕生したのです。

さらには、ランディング不可能とされていたビッグウェーブにも挑戦する競技、トゥーインサーフィンまで誕生しています。

サーフボードの歴史と進化・技術革新は長年に渡って何度も繰り返され、サーファー達に多くの選択肢を与えてきました。現代においてもサーフボードの進化は目まぐるしいものがあります。5年前のサーフボードと現在のサーフボードを乗り比べてみると、乗り心地やスピード感が異なるものだと感じられることでしょう。

かつては1960年代に主流とされていたロングボードでさえも、一時期は過去のものとされてきました。しかし、現代では人気が再燃してサーファー達に新たな挑戦を与え続けています。

日本でもサーフィンブームが起きた

日本では1960年頃に初めてサーフィンがおこなわれました。当時は千葉や湘南の海で、日本に駐留していたアメリカ人がサーフィンを楽しんでいるのを現地の子供達が目撃し、フロートと呼ばれるボードを使って見様見真似で波に乗ったことが発祥といわれています。

その後の1965年頃、青年たちによって日本サーフィン連盟が発足することとなります。第1回・全日本選手権大会は翌年の1966年7月に開催され、99人の選手が優勝を競いました。

昨年2020年こそコロナ禍で開催は断念となりましたが、今日に至るまで日本サーフィン連盟主催の全日本選手権大会はほぼ毎年の開催が続いています。

この大会はプロの選手を含めて数多くの優秀なサーファー達を輩出しました。同時に日本のサーフィン文化の発展にも大きく寄与することとなります。

この大会を経験した優秀なサーファー達は国際大会にも参加し、数々のメダルを獲得するなど実績を積み重ねていきました。

そして、日本国内では1970年代に第1次サーフィンブームが到来し、多くの若者たちがサーフボードを抱えて海へと繰り出すようになりました。サーフボードを巧みに操り波に乗る行為は楽しいだけでなく、スポーツとしての格好良さも兼ね備えています。そのため、サーフィンは異性に好かれるスポーツの代表格にもなりました。

街にはサーフブランドのショップが溢れ、サーフィン経験はないけどサーフファッションは好きという人も次第に現れ始めます。そういった海には繰り出さないがサーフファッションを好む人たちのことを、かつては「丘サーファー」と呼んだそうです。

サーフィンブームは第1次だけでなく、1980年代の第2次サーフィンブーム、1990年代の第3次サーフィンブームへと続きました。

そして2021年に開催予定の東京オリンピックでは、競技種目として採用され、第4次サーフィンブームへと繋がることが期待されています。

まとめ

サーフィンの歴史はとても古く、原形は西暦400年ごろまで遡ります。伝説的な水泳選手でありサーファーでもあるデューク・カハナモクによって近代に復活を遂げました。

日本での発祥は1960年代に千葉や湘南で駐留アメリカ人がサーフィンを楽しんだことから始まります。幾度ものブームを経て東京オリンピックの正式競技に採用されたサーフィンは、これからも進化を遂げていくことでしょう。

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